日本鍛治学会

原点に戻ることで、先へと進む

日本鍛冶学会の考え

我が国では昭和中期からプレス機などの刃物製造機械が開発され、低価格で大量生産が可能な抜刃物に移行した企業が数多い。
しかし、こうした生産技術も叩いてものを作る打刃物の技術と知恵を応用したものであり、現在の産業の発展は、先人が築いた高い技術を基にしており、基礎技術の上に、現在のさまざまな応用技術が開花している。

また、手作業で「叩いて」鍛えた刃物は、機械のプレスで打ち抜いた刃物と比べて金属組織的に優れており、近年、世界的な和食ブームを背景に、鍛冶技術を駆使した包丁の需要が海外市場で急速に高まっている。
抜刃物が主流の現代において、鍛造の意味をしっかりと知ることで活きてくるものがあるのではないだろうか。

加えて、昔は自分で最後まで仕上げてきたが、柄や焼入れ、砥ぎなどが分業となり、一貫生産している刃物メーカーは少なくなっていった。
しかし、昔のように自分で最後まで仕上げなければ本当の品質の良し悪しがわからないところもあるに違いない。
昔のように自然に身についてきた基礎が、便利で効率化された現代では、あえて知ろうしなければ基礎が身につかない時代となり、昔と今の職人ではものづくりの基礎力に違いが生じているのではないだろうか。

昔のやり方を知った上で、活きてくるものがある。知識を作業に取り入れ、検証した上で、初めて本当の意味で先に進める。
本会もあえて原点に戻り、我々が先人から学んだことを理解し、ステップアップしていくことが重要である。

たたら製鉄と鍛冶

日本鍛冶学会メンバー

会長

山本 和臣

Yamamoto Kazuomi

株式会社吉金刃物

新潟県三条市

副会長

金子 薫

Kaneko Kaoru

カネコ総業株式会社

新潟県三条市

副会長

河村 幸祐

Kawamura Kosuke

株式会社カネシゲ刃物

大阪府堺市

監事

迫田 剛

Sakoda Tsuyoshi

株式会社迫田刃物

高知県須崎市

 

増田 吉秀

Masuda Yoshihide

増田切出工場

新潟県三条市

 

土屋 大海

Tsuchiya Hiromi

株式会社吉金刃物

新潟県三条市

 

岡本 慎吾

Okamoto Shingo

株式会社吉金刃物

新潟県三条市

 

中島 道元

Nakajima Michiyuki

株式会社吉金刃物

新潟県三条市

 

秋元 純也

Akimoto Jyunya

木鋏工房 有夢

新潟県三条市

 

外山 秀信

Toyama Hidenobu

株式会社外山刃物

新潟県三条市

 

松永 信彦

Matsunaga Nobuhiko

株式会社マツナガ熔接

新潟県燕市

 

二瓶 貴大

Nihei Takahiro

株式会社二瓶刃物

福島県相馬郡飯舘村

 

小林 慶三

Kobayashi Keizo

有限会社コバヤシヒーティング

岐阜県関市

 

河村 洋介

Kawamura Yosuke

関兼次刃物株式会社

岐阜県関市

 

岡 俊雄

Oka Toshio

株式会社マルヨシ

兵庫県三木市

 

岡 浩平

Oka Kohei

株式会社マルヨシ

兵庫県三木市

 

濱本 輝彦

Hamamoto Teruhiko

株式会社テイケン

広島県呉市

 

松原 宏文

Matsubara Hirofumi

株式会社迫田刃物

高知県須崎市

 

尾崎 真直人

Osaki Manato

株式会社迫田刃物

高知県須崎市

 

田中 裕紀

Tanaka Hiroki

田中鎌工業有限会社

長崎県大村市

顧問

佐藤 利美

Sato Toshimi

刀匠 重利

東京都八王子市

刀匠 佐藤重利

1944年青森県大鰐町生まれ。現在は東京都八王子市在住。
彫刻刀や鉋など、学校教材を販売する会社に勤め、20代半ばに独立。「彫刻刀や鉋など、扱う刃物の良し悪しを見極めたい」と、新潟県三条市へ行ったことが刃物鍛冶の岩崎重義氏に弟子入りするきっかけとなる。その後、岐阜県の大野兼正氏に刀鍛冶を師事し、1990年に文化庁の美術刀剣刀匠技術保存研修会を受講し、年数人という合格者の一人となる。現在も八王子市の工房で日本刀、鉋、包丁などの刃物を作り続けている。2002年、茨城県鹿嶋市などの依頼で、全長2.5メートル余りの「平成の大直刀」を鍛え、2019年には、北条氏照統治の時代から続く、北浅川の砂鉄を採取して作られた武州下原刀(ぶしゅうしたはらとう)の復活も実現し、高尾山に奉納した。
日本鍛冶学会には、顧問として参加し「三条で岩崎さんに教えていただいたから今の自分があると思う。この恩を返すためにも日本鍛冶学会の活動を通して今まで教えていただいたことを次代へと伝える役割を全うする。」という熱い思いを持ちつつ活動を続けている。