玉鋼とは
鉄とは
日頃、私たちが「鉄」と呼んでいるものは、基本的には、含まれる炭素量によって性質、用途が変化します。冶金学的な分類として、炭素量0.02%以下を鉄、2.1%以上(1.7%以上との区別もあります。)を銑鉄、その中間を鋼と呼んでいます。炭素量が増えるほど硬く、かつ、脆くなりやすいという性質があります。鉄は、炭素量が皆無であり非常に軟らかく特殊な用途に限られることから、日常ではほとんど目にすることはありません。現在、銑鉄は、鋼を製造するための原料となっていますが、溶けやすく、鋳造しやすいことから鋳物としても用いられています。鋼は、鍛錬や熱処理により、粘りや硬さが出てくることから、様々な形に成形加工しやすく、非常に広い用途に用いられています。
たたら製鉄は、砂鉄から鋼をつくることを目的としていますが、結果として様々な炭素量の鉄がつくられます。
玉鋼とは
玉鋼とは、日本古来の製鉄法「たたら製鉄」で作られる鋼の一種です。たたら製鉄の一方法である「鉧押し」により直接製錬された鋼のうち特に良質なものであり、最上質の鋼として日本刀の材料に用いられています。鉧は部位により品質が異なり、良質な鋼だけではなく、やや不均質な鋼、銑、ノロ、木炭などが混在しています。その中でも玉鋼は、品質によりつる、松、竹、梅、あるいは、特級、一~三級などの種別に分類されます。
玉鋼を使用した和剃刀
三条市では、玉鋼を使用した和剃刀がつくられています。和剃刀は、日本独自の道具であり、本来は武士の月代を剃り上げる刃物でしたが、明治時代以降は理髪店で髭剃りとして用いられるようになりました。地金に鋼をつける伝統的な製造方法は昔から変わりません。和剃刀を専業で製造する職人は、全国でも三条市に一人を残すのみの状況となっておりましたが、2019年、三条市のものづくりに憧れを抱いた少年が県外からこの地へ移住し、未来へ向け技術を継承していくためその職人の下で修業に励んでいます。
そもそも、日本刀の材料として用いられていた鋼が、なぜ和剃刀の材料として用いられることになったのでしょうか。
岩崎航介氏による功績
三条市で和剃刀をつくり始めたのは岩崎航介氏でした。
400年前の和釘づくりから始まった三条市のものづくりは、全国を駆け巡る商人からの要望に応え続け、時代の変化に対応しながら、様々な製品、金属加工の技術へと転換していき、現在では、世界に誇るものづくりのまちの一つとして、私たちの身の回りの製品をつくり出しています。その三条市のものづくりの歴史の中で、三条製作所を設立した岩崎航介氏が科学的な視点を取り入れたことは近代における鍛冶技術の大きな転換でもありました。古くから、鍛冶職人の技術継承は、口伝であったり親方の仕事を見て覚えたりといった感覚や勘に頼ったものがほとんどであった鍛冶の現場に、金属顕微鏡を持ち込み、科学的根拠に基づいた刃物づくりを行うことを推奨したのが冶金学者の岩崎航介氏でした。ドイツ製の刃物が世界で流通していた当時、その刃物に対抗するため、世界一の刃物である日本刀の製法を刃物づくりに応用しようと冶金学を学び、さらに、全国の刀匠、研ぎ師を訪ね理論と実践に基づいた研究を重ね、ついにドイツ製に勝る刃物を作り上げました。自身の研究成果を後進に惜しみなく伝え地域の刃物づくりの水準を引き上げ、航介氏の息子 重義氏もまた、父と同じように後進の育成に尽力しました。現在、三条市で活躍する職人は、皆、岩崎親子の影響を受け「金属顕微鏡を覗きながら」日々、技術を研鑽しています。本学会の顧問である佐藤刀匠も、その岩崎氏から指導を受けた一人です。
[参考]